BlueMoonBeams 2021-01-16T04:13:05+09:00 「Les Chemins De La Liberte'」 別館 JUGEM 風の如く http://kikyo119.jugem.jp/?eid=20 2009-11-22T10:02:55+09:00 2009-11-22T01:02:55Z 2009-11-22T01:02:55Z 風の如く
心は流され
雨の如く
頬は濡れ
太陽の如く
光は掌に
振り返る路に
別れを告げゆく kikyo
心は流され
雨の如く
頬は濡れ
太陽の如く
光は掌に
振り返る路に
別れを告げゆく]]> 少年ユウキの冒険 〜 Unknown World 1〜 http://kikyo119.jugem.jp/?eid=19 2009-04-08T17:02:51+09:00 2009-04-08T08:57:44Z 2009-04-08T08:02:51Z すべては闇の中で生まれた。
地中深く、不気味なうなり声とともに鋭い鉤爪を動かし、上へ上へと向かう正体不明の生物。
身体の半ばまでに達する口からは四つの牙、六本の足が別々の生き物のように不規則に動く。全身を硬い体毛に覆われ、皮膚からは熱い蒸気を発してい... kikyo 少年ユウキの冒険 (小説)
地中深く、不気味なうなり声とともに鋭い鉤爪を動かし、上へ上へと向かう正体不明の生物。
身体の半ばまでに達する口からは四つの牙、六本の足が別々の生き物のように不規則に動く。全身を硬い体毛に覆われ、皮膚からは熱い蒸気を発している。漆黒の眼孔にはまぶたが無く、まるでそれは視る者を「死」へといざなう死神のようだった。
この生物が地上へと這い上がるまでに要した日数は、あとに千年とも二千年ともいわれた。或る予言者は、イエス・キリストの没した日に地中にて誕生したと主張し、最期の審判が近いと告げて大衆の恐怖をあおった。
その巨大な体が、辺境の或る村に姿を現してのち、わずか七日で二つの国家が滅んだ。
人間のみならずあらゆる生物は一瞬で消え失せ、地上は廃墟と化した。だが、一体どのようにして、その未知の生物が壊滅させていったのかは、謎のままであった。つまり現場を目撃した者は、一人残らず死ぬ運命にあったからだ。噂はすぐに世界をめぐり、尾ひれのついた伝聞が不安と恐怖をさらに倍化させた。
「……あの悪魔がついに隣の国に現れたらしいぞ!」
青ざめた顔を引きつらせて初老の男が叫んだ。
呼びかけられた青年は手元に神経を集中したまま、「それで?」と静かに答えた。
興奮のおさまらない初老の男が声を張り上げた。
「それで、ってお前は知らないのか、あの死神を。もうすでに国を二つも破壊しつくしたんだぞ!」
鉢の中に入れた薬草を捏ねる作業を続けながら、青年は言った。「それで?」
「おい、よく聞けよ、キキョウ。もうすぐそこまで奴は進んできているんだ。早くここから逃げないと殺られてしまう。今すぐ身支度をするんだ。そんな薬などもう何の役にも立たないんだよ」
「まぁ待てよ、オッサン。そんなに熱くなっちゃ持病にさわるぜ。オレは今忙しいんだ。早くこの薬を届けてあげないと……」
「だがキキョウ、村中の人間が必死で逃げ出そうとしているんだぞ。あの悪魔ににらまれる前にな」
青年はようやく頭をあげて、叔父のアレイを視た。そして首をかしげて言った。
「アレイ、悪魔とは言うけど、誰もその姿を視たことはないんだろう。本当にそいつが存在するかどうかはわからないじゃないか」
「それは……つまり奴を視た人間はすべて死んでいるからさ。それほど恐ろしい奴なんだ」
「そうかい。じゃ、オレがこの眼で視てやるよ。まだまだ多くの人を助けなきゃいけないし、まだまだ死ぬつもりもない。悪魔だか死神だか知らないが、罪も無い人々を殺す奴を放っておくわけにはいかないからな」肩をすくめ、キキョウは少し微笑んだ。
アレイは呆然とキキョウを視つめていたが、頑固な甥の気質を誰よりも知っているだけに、あきらめ口調でこう言った。
「わかったよ、キキョウ。だが、もうこの噂は村中はもちろん、この村を管轄するガイ帝国にまで伝わっている。すでに非道のカザフが数万人の軍隊を国境に配備して悪魔を待ち受けているらしい。あいつら自慢の大砲がどれだけ役に立つかはわからないが、なにもしないよりはマシというところだ」
青年の眼の色が変わった。「カザフか……」キキョウは鉢を置き、立ち上がった。
「あの男こそ、悪魔と呼ぶにふさわしいよ。あいつのためにどれだけの尊い命が奪われたことか」
彼はゆっくりと続けた。「オレは絶対に奴を許さない。オレのこの手でいつか仇を討ってやる。いや、今がいい機会なのかもしれないな」
「何を血迷ったことを。そんなフザケタまねをしている暇はないんだぞ、キキョウ。お前の使命はより多くの人々を守ることだろう」アレイは青年の両肩をゆさぶった。
だが、キキョウの両目は暗く、冷たく、燃えていた。
「ああ、わかったよ、アレイ。オレにはオレの役目がある。ちゃんと心得ているから、安心してくれ」
「……それならいいんだが。いいか、決してカザフに手を出すな。返り討ちにあって死ぬお前を視たくなどない」初老の男の声は震えていた。
「わかっているよ、オッサン。オレはわかっている……」
その時、遠くで鈍い地鳴りがした。
「……どうやら、はじまったらしいぜ、オッサン」
青年は暗い瞳を光らせた。「待ちに待った“未知の世界”がな」
眼下に拡がるのは、隣国との境にあるカザフ湖。
もとはヴァンテル湖という古くからこの地を統治してきたヴァンテル家の名が付けられていたが、五年前に同家の軍事部門の統帥であったカザフが反乱を起こし、一夜にしてヴァンテル家を滅ぼした。すぐにカザフはガイ帝国と名乗って恐怖政治をしき、敵対する国家はもちろん、己に刃向かう国民を容赦なく排除した。まもなく街や村は互いを監視するこが生き残る唯一のすべとなる密告社会へと成り果てた。
美しい湖の名が独裁者の名に変わるのも時間の問題だったというわけだ。
今、キキョウはそこにいた。
]]> 千切れたノート http://kikyo119.jugem.jp/?eid=18 2008-11-28T18:38:11+09:00 2008-11-28T09:38:11Z 2008-11-28T09:38:11Z
新しいノートを何気なく手に取った。
パラパラとページをめくり
さて何を書こうかと思案していた時、
私はあることに気づいた。
ちょうどノートの中ほどに
一枚分が破かれた跡を見つけた。
勢いよく引き千切った様子を物語る
ギザギザのまま残った... kikyo Prism (詩)
新しいノートを何気なく手に取った。
パラパラとページをめくり
さて何を書こうかと思案していた時、
私はあることに気づいた。
ちょうどノートの中ほどに
一枚分が破かれた跡を見つけた。
勢いよく引き千切った様子を物語る
ギザギザのまま残った切れはし。
いつ購入したのか、記憶は定かではなかった。
あるいは、誰かに貰ったのか……。
日記など記したことの無い自分にとって
記憶とは、破り取られたページのごとく
失われていくもののひとつだった。
椅子にもたれ、しばらく眼を閉じた。
朝から降り続いていた雨は、
いつのまにか雪へと変わり、
遠くサイレンの音だけが響いていた。
私は手許にあった青いペンを取り、
最初のページに Liberty とだけ書いた。
次の言葉は思い浮かばなかった。
その一言のみが、
この真新しくも不完全なノートに相応しいと
ひとり満足した。
傍で眠っている子どもの寝顔を見つめた。
握り締めた小さな手。
枕元には、丸まった紙くず。
それを拾い上げ、机の上で開いた。
千切れたノートのページには、何も書かれていなかった。
ただし……
菓子で汚した小さな指の跡以外は。
私は、幼い子の成長の標として
最初のページの後に、それを挟み込んだ。
青いインクがチョコレートの痕跡へと滲んでいく。
……或る冬の夜は
そうして過ぎていった。
]]>少年ユウキの冒険 〜 prologue 1 〜 http://kikyo119.jugem.jp/?eid=1 2008-11-24T16:39:20+09:00 2008-11-28T09:41:18Z 2008-11-24T07:39:20Z ……これは、遠い国の遠い昔の物語。
ある晴れた朝、木の椅子に腰掛けた少年は、パンをかじりながら言った。
「……お母さん、僕はしばらく旅に出ることにしたよ」
まっすぐに自分を見つめる無垢な瞳をのぞきんだ母親は、いつもと変わらぬ優しい笑顔を少年に向けた。そ... kikyo 少年ユウキの冒険 (小説)
ある晴れた朝、木の椅子に腰掛けた少年は、パンをかじりながら言った。
「……お母さん、僕はしばらく旅に出ることにしたよ」
まっすぐに自分を見つめる無垢な瞳をのぞきんだ母親は、いつもと変わらぬ優しい笑顔を少年に向けた。そして、特に驚いた様子も見せず、ゆっくりと訊ねた。
「何を求めて旅をするの……ユウキ」
少年は、母親にそっくりなえくぼを両頬につくってから、力いっぱい答えた。
「それを探しにいくのさ。まだ見たことがない世界へ、僕の“夢”と“希望”を探す旅。きっと輝く“Unknown World”があるはずだから」
母親は「……そう」とだけ呟いて、ふたたび洗い物にもどった。
……Unknown World
きっと、この前に贈った一冊の本が刺激したのだろう。ささやかな誕生日の祝いとして選んだ手作りの絵本『夢と冒険の世界“Unknown World”』が、彼の溢れる好奇心を駆り立てたのに違いない。それは、一人の少年が“「希望」とは何か”を求めて、見知らぬ世界へと旅立ち、さまざまな経験を経て大人へと成長していく物語だった。ちょうど、主人公が旅立つ年齢も、ユウキと同じ14歳だった。
「もっともっと、この世界のことを知りたいんだ。この小さな町を僕は愛している。本当はお母さんやお婆ちゃん、ヒカルとも離れたくない。けれど、知らない世界を一度は経験してみたいんだ。雄大な自然や不思議な動物、尊敬できる偉人や素敵な友だちに、もっともっと、出会いたいと思った……」
いつのまにか立ち上がって窓際から外を眺めている少年の後姿を母親は見つめた。彼女が何を言おうと、彼がすぐにでも旅立つことはわかっていた。その頑固なまでの意志の強さは、父親ゆずりだったのだから。
彼女は片付けを終えて、少年の傍に寄り、頭を撫でた。
「あなたが探し求める“夢”と“希望”は、きっと旅の途中で見つかると思うわ」
少年は、瞳を輝かせて頷いた。
「そう、きっと見つかるはずだよ。“夢”と“希望”をこの手につかんだ時に、真っ先にお母さんのもとに戻ってくるよ。そして、みんなで分かち合うんだ」
母親は、胸をはずませて真剣な表情で語る愛する息子に向かって微笑んだ。
「ユウキ、ひとつだけ約束してほしいことがあるの」
「約束って何?」少年は首をかしげた。
「旅立った時から、あなたは何もかも一人でなしどけなければならないの。悲しみや苦しみ、孤独と飢えにも耐えなければならない時が必ずやってくる。そんな時には、決して一人で解決しようとしないでほしいの。この広い世界には、さまざまな人間がいる。困難の中でもがいているあなたを横目で見て通り過ぎる人もいる。けれど、多くの人々は、ちゃんとあなたに救いの手をさしだしてくれるはずよ。意地をはらずに、その手を握ってほしいの」
少年はひたすら母親の言葉に聞き入った。
「あなたは我慢強くて何ごとにも立ち向かっていく力強い信念をもっているけれど、まだ14歳になったばかりの子どもだわ。背伸びしても大人たちにかなわないこともある。この旅は、ユウキにとってかけがえのない知識と経験を与えてくれるでしょう。ひと回りもふた回りも成長したあなたに再び会える日を楽しみにしているわ……」
「じゃあ、賛成してくれるんだね、お母さん」
母親は息子を抱きしめた。
「もちろんよ。わたしはあなたを信じている。ユウキが探し求めた“夢”と“希望”は、同時にわたしにとっての“夢”と“希望”となるはずだから。そして……」
彼女は言葉をとめた。
ユウキがいつか自分のもとを離れる時に打ち明けようと思っていたことを、とうとう話す時がきたのかもしれない。……彼の父親のことを。
「ユウキは覚えているかな、あの季節はずれの大雪が降った夜のことを」
少年は懐かしそうな表情を見せてうなずいた。
「よく覚えているよ。僕がまだ8歳くらいの時、この小さな町が一面の真っ白な世界に変わってしまったんだよね。まだヒカルが隣町に引っ越す前のことで、初めて見た雪に怯えて彼女は泣いていたっけ」
彼は懐かしそうに笑った。
「それと、あの頃飼っていた犬のジュリが興奮して家の中を走り回ったせいで大騒ぎしたっけ。お婆ちゃんは、それでも楽しそうに家の外で雪かきをしていたな。お母さんはヒカルをなだめながら、彼女のお家へと連れて帰っていったけ。それから、お父さ……」
少年はそこで一瞬、言葉に詰まった。
「それから……お父さんは……」
彼は、必死で話を続けようとしたが、開いたままの口は動きを止めた。
心の奥深くで眠っていた“父親”という存在が再び眼を覚ましたことに、とまどっているようだった。
母親は、黙って少年を見つめていた。
そして、しばらく彼の手を握ってから、
「……お父さんは、いつもあなたの傍にいたわね」と言った。
少年はハッと我にかえり、微かにうなずいた。
「うん。お父さんは、いつも僕の傍にいた。あの大雪の夜も、寒さに震えながらも遊んでいた僕をずっと見守っていてくれていた。雪だるまを作って、お父さんの帽子と手袋を借りて着けてあげた。雪が止んだ夕方頃、ジュリがくわえて放さなかったボールを取り上げて、しばらく二人でキャッチボールをしたんだ。もっと遠くからキャッチしたい、と僕がせがんだから、どんどんお父さんは僕から離れていった……」
あの夜……。
小高い丘の上にある少年の家からは、いつもなら緑豊かな平原を見下ろすことができたが、何十年ぶりかで降り続いた大雪は、なにもかもを覆い尽くしていた。
「もう、暗くなってきたから、これが最後の一球だよ!お父さん、うまく捕ってね!」
少年が腕を力いっぱい振り上げてボールを投げた。
だが、白球は父親が立っていた場所を大きくはずれ、山裾の急斜面の向こう側へと飛んでいった。「お父さん、ごめんね!」と叫んだ少年に、父親は笑顔で大きく手を振りながら、ボールの飛んだ方向へと駆け出していった。
次の瞬間、降り止んでいた雪が嘘のように、突然の吹雪となった。
少年は父親の姿を見失った。
「お父さん!お父さん、大丈夫かい!」
その声は突風にかき消された。
ユウキは父親の消えた方へ走り出した。だが、強烈な向かい風が彼を前に進ませようとはしなかった。全身を叩きつけるかのような吹雪はしばらく続き、視界を失った少年は、かろうじて家へと辿り着いた。
「お母さん、凄い雪が降ってきて、ボールを追いかけたお父さんが見えなくなっちゃったんだ。大丈夫かな、心配だよ」
母親も家に戻ったばかりの様子だった。白い息を吐きながら、彼女は窓の外を見た。
「大丈夫よ、きっと。あの辺りには山小屋があるから、きっとそこで吹雪がおさまるのを待っているわ」
「……そうだといいんだけど、とにかく凄い風と雪だったから、お父さん飛ばされてしまったんじゃないかと恐くなってしまったんだ」
母親は少し不安げな表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべて
「あなたが吹き飛ばされていないんだから、お父さんならもっと安心なはずでしょ」と言った。
「それもそうだね」少年は体から雪を落としながら呟いた。
だが、彼は不安だった。理由はわからない。
このまま、父親がいなくなってしまうような気がしたのだ。
山小屋に、父親の姿はなかった。
吹雪は翌日の朝まで続いていた。少年と母親は、ようやく雪が降り止むのを待って、山小屋へと向かったのだった。二人とも無言だった。まるで、互いの不安を感じていたかのように。少年は、陽が沈んでも父親を探した。翌日も、そのまた翌日も。足が動く限り、彼は歩いた。
そして、泣き続けた。
]]> 少年ユウキの冒険 〜 prologue 2 〜 http://kikyo119.jugem.jp/?eid=2 2008-11-19T10:10:48+09:00 2008-11-28T09:42:01Z 2008-11-19T01:10:48Z やがて……いつからか、父親の存在自体が、少年の中から消えた。
悲しみはあまりにも深く、残酷だった。
母親は、いつも少年の傍にいた。彼をいやし、その心をなぐさめるために。
……そして今、父親のことを、息子に語る時がきた。
うつむいたまま記憶の中を彷徨ってい... kikyo 少年ユウキの冒険 (小説)
悲しみはあまりにも深く、残酷だった。
母親は、いつも少年の傍にいた。彼をいやし、その心をなぐさめるために。
……そして今、父親のことを、息子に語る時がきた。
うつむいたまま記憶の中を彷徨っているユウキの手を彼女は強く握り締め、
ゆっくりと話し始めた。
ユウキの父親が消えたあの夜、ジュンは一人で山小屋へと向かったのだった。
ようやく泣き疲れて眠ったユウキをベッドに運びながら、彼女は全身の震えを止めることができなかった。無事でいて……と祈りながらも、終始恐怖が去ることはなかった。
息子と同じく暗い不安に襲われた彼女は、激しい雪の降る中をひたすらに歩いた。うねりながら叩きつけてくる吹雪は視界を遮り、普段なら家から歩いて10分程度の距離にある山小屋への道をふさいでいた。
強烈に叩きつける雪に耐えつつ、ようやく山小屋の影を認めた。真っ白い中にぼんやりと浮かぶ不気味で暗い固まりの影を。彼女は叫びたくなる気持ちを必死に抑えた。
……どうか、無事でいて。お願い。
ジュンは凍えた体の前で手を組み、再び祈り続けた。
ドアノブに手を掛けた瞬間だった。
突然、猛烈な吹雪が止んだのだ。
轟音が途絶え、辺りが静寂に包まれた。
ジュンは後ろを振り返った。遠く丘の麓に、黄色い灯りを放つ我が家を見た。すべては白い雪に覆われていた。まるで彼女以外、何も存在していないかのようだった。
いつもなら家族みんなをいやしてくれる鳥や小動物の姿も無く、孤独感のみが彼女に残された。ジュンは意を決して、山小屋の扉を開けた。雪の光を背に浴びた彼女の影だけが、小屋の中に浮かび上がった。古ぼけた木製のテーブルと壊れかけの椅子、油の切れた暖房器具、そして倒れたままのランタンが、ぽつんとあった。
ジュンは携帯した筒から油をランタンに注し、マッチで火を点けた。
小さな灯に、ささやかな温もりを感じた。
……キキョウ。
ようやく、彼女は夫の名を呼んだ。
……キキョウ、どこにいるの。
彼女はあらためてテーブルの上を見た。そこには腐食しかけた紙切れがあった。何か、文字のようなものが書いてあった。手に取り、それを読んだ。彼女は山小屋を飛び出し、空を見上げた。厚く垂れ込めた雲の狭間を動くものがあった。無機質の物体のようでもあり、うねりながら激しく動く生き物のようにも見えた。それは、雪の光を反射しつつ、しばらく天上をゆっくりと漂ったあと、消えていった。
ジュンは茫然とそれを見送った後、山小屋へと戻り、再び紙切れを手に取った。
かすれかけた文字。まぎれもなくそれはキキョウの字だった。
……紅き結晶が照射せし刻印の指し示すところ、蘇りし罪と罰が天上へと舞い上がり、この地は災厄に嘆き悲しむ。子が旅立ち、母は天を見上げ、父は蘇る。「Unknown World」を探せ。
すべては、謎だった。
夫は何を伝えようとしたのだろう。この暗号めいた文章にはどんな秘密があるのだろう。空に浮かんでいた物体とは何なのだろう。そして、なぜキキョウは妻と子を残して、突然消えてしまったのか。
微かに足元で音がした。
ジュンはテーブルの下を覗き込んだ。ネズミが驚いて走り抜けた。暗がりに一冊の本があった。彼女はそれを手に取り、ホコリをはらった。赤い布製の表紙には、金色の筆記体で題名が書かれてあった。
……Unknown World。
本を開いた。
そこには、手書きで物語が書かれていた。いつのまにかキキョウは、一冊の本を書き上げていたのだった。
]]> 「BlueMoonBeams」について http://kikyo119.jugem.jp/?eid=3 2008-10-30T15:37:12+09:00 2008-11-18T08:32:13Z 2008-10-30T06:37:12Z 当blog「BlueMoonBeams」には、試作中の小説等を掲載しています。
連載中の『少年ユウキの冒険』は、物語の途中で突然途切れていることもありますが、執筆中のものを随時UPしているため、ご容赦ください。
尚、拠点とするBlogは下記となります。
Les Chemins De La L... kikyo 前口上
連載中の『少年ユウキの冒険』は、物語の途中で突然途切れていることもありますが、執筆中のものを随時UPしているため、ご容赦ください。
尚、拠点とするBlogは下記となります。
Les Chemins De La Liberte' ]]> ALIVE 【Another Version】 http://kikyo119.jugem.jp/?eid=17 2008-02-01T19:05:40+09:00 2008-02-01T10:06:29Z 2008-02-01T10:05:40Z 当ブログのコンセプトイメージを試作。
文章と映像と音楽が創り上げる世界は、思った以上に深いものだと感じた。
まずは、やや感傷的なバージョンから……。
kikyo Moonbeams
文章と映像と音楽が創り上げる世界は、思った以上に深いものだと感じた。
まずは、やや感傷的なバージョンから……。
]]> 世界はどこまでも拡がっていた。 http://kikyo119.jugem.jp/?eid=16 2008-02-01T17:29:39+09:00 2008-02-01T08:29:39Z 2008-02-01T08:29:39Z
親の想い出話しによれば、私は幼少の頃、「友達と遊びに行く」と言って出かけたはずなのに、いつの間にか友達と一緒に帰宅して、二人で背中合わせに絵本や図鑑に夢中になっていたらしい。
といっても田舎の少年らしく、年を経るにつれ、近所の山や空き地、川などへ時... kikyo ALIVE (追想)
親の想い出話しによれば、私は幼少の頃、「友達と遊びに行く」と言って出かけたはずなのに、いつの間にか友達と一緒に帰宅して、二人で背中合わせに絵本や図鑑に夢中になっていたらしい。
といっても田舎の少年らしく、年を経るにつれ、近所の山や空き地、川などへ時間があれば出かけていき、陽の暮れる頃には泥だらけになって帰宅した。
大人は「でかい」生き物で、友達は時に「癪にさわる」生き物で、家族は「温かい」生き物で、この俺は「不思議な」生き物だった。
「生きるとは何か」という概念など、知りも、考えもせず、幼い少年の前には、すべては、ただ果てしなく拡がっていた。
小さな世界に生きつつも、眼前にどこまでも拡がる「大きな世界」。
それは、絵本や図鑑では知ることのできない世界だった。
ガキ(※昔でいう悪ガキ)同士の喧嘩などもひと通り経験していった。殴り合いもし、傷つけ合った。喧嘩の原因など今となっては思い出せないが、たぶん取るに足らないものだったろう。
身体的に傷つくことはあっても、何故か心はカラッと晴れ、別段「復讐」するなどという行為に及ぶことも無く、相手に会ってまた気に入らなければ喧嘩する、という具合だった。
ガキはガキなりに、「痛み」がどういうものか、身体の傷は時間がたてば癒えるが、言葉の暴力による傷はなかなか癒されないということを、少年ながらも悟っていた。みんなそうやって経験し、その中から人との付き合い方を学んでいった。
「悪さ」をすれば、近所のでかい大人に叱られ、
「汚い」行為をすれば、親に延々と諭され、
「良いこと」をすれば、誰もが誉めてくれた。
やっていいこと、やってはいけないこと。
それらは全て、小さな世界から「大きな世界」へと踏み出す“冒険”の中で学び/経験していった。
そして成長するにつれ、「人間とは何か」「生きるとは何か」という命題を模索し、答えを探しあぐねる時が訪れる。
この頃、ふと思う。
少年期に体感すべき「大きな世界」の経験の喪失が、現代を生きゆく「ひきこもる」子どもたち、そして「大人になれない」大人に歴然と表われているのではないかと。
「小さな世界」の中の、その又更に「小さな世界」しか、視ず/触らず、経験しない。
何でも視て/触って、経験しよう、という「大きな世界」への扉には手すら伸ばさず、常に自らが「限界」を知り抜いた極小さな世界、つまりは何でも自分の自由になる世界で、その身をさらにちぢこませ、安全な覗き穴から「外界」を垣間見る。
親は「ひきこもり」を助長させる知恵と力しか持たず、子どもの中の「小さな世界」のウルサイ住人としての役割しか持ち得ない。
与えられたものの中でしか、安住するすべを知らない子どもは「不幸」である。
現代の日本では、子どもたちに「大きな世界」への架け橋を、あえて大人たちが「形作らなければならない」時代なのだろう。
いや、少し違う。
昔も今も、気付けばその道筋は「大きな世界」の大人たちがきちんとつけてくれていた。一歩を踏み出すための、足固めは常に成されていた。
決して「俺の言う通りに進め」ではなく、子どもにそうとは気付かせずに、優しく、逞しく、道筋をつけてあげるのが、本来の大人の役目であったはずだ。
そして、
その踏み出す「勇気」を持てるか、持てないかが、今と昔の子どもたちの差かもしれない。
大人が変わらなければ、子どもも変わらない。
当たり前の話だが、子どもと大人との軋轢/断絶による不幸なニュースを見るにつれ、その思いは深まっていく……。
せめて、現代の子どもたちの目の前にも「希望」に満ち満ちた世界が、どこまでも果てなく拡がっていることを願う。
]]> 夏と、浴衣と、線香花火 http://kikyo119.jugem.jp/?eid=14 2008-02-01T17:27:32+09:00 2008-02-01T08:26:54Z 2008-02-01T08:27:32Z 少年時代。
家族でよく近所の夏祭りへと出掛けた。
左手に幼き妹の手を握りしめ、右手にはボロボロになった団扇。
白と藍色で彩色されたぶかぶかの浴衣の裾を引き摺りながら、
カランカランと下駄を鳴らし、人いきれの中をそぞろ歩く。
遠く連なる山の上空に、... kikyo ALIVE (追想)
家族でよく近所の夏祭りへと出掛けた。
左手に幼き妹の手を握りしめ、右手にはボロボロになった団扇。
白と藍色で彩色されたぶかぶかの浴衣の裾を引き摺りながら、
カランカランと下駄を鳴らし、人いきれの中をそぞろ歩く。
遠く連なる山の上空に、紅いアンタレスの輝きと、
流れゆく薄い雲の隙間に、上弦の月を掠めゆく名も知らぬ鳥の影。
夜店でねだった綿菓子で口のまわりをべたつかせ、
蛍光色の腕輪を自慢げにかざす。
特撮ヒーローの仮面を後頭部にまわし、親父に借りたサングラスを
さも大人ぶってかけるが、歩くたびにずれ落ち少し溜め息をつく。
盆踊りの輪は、ひび割れた拡声器から流れるレコード盤にあわせて
ゆらゆらとまわりながら、ひと時の夏の夜に微かな彩りを添える。
先刻手にした小さな金魚の入ったビニール袋を妹にあずけ、
持参した線香花火を浴衣の懐から取り出す。
喧騒を離れ、蛍飛び交う茂みの近くに座り、
母親から受け取ったマッチを二度三度擦って、火を灯す。
パチリ。パチ。パチ。
驚いた蛍の動きが忙しなく、私の廻りで揺らぐ。
妹は金魚の入った透明な袋を遠くの明かりにかざし、私の浴衣にすがりつく。
パチ。パチ。パチリ。
ほの白く揺らぐ僅かな煙と、飛び散る閃光の幻想美。
火玉が落ちるのが辛くて、すぐに次の線香花火に火を点ける。
消えるな。消えるなよ。
パチリ。パチ。パチ。
天空を見上げれば、さざ波の如き雲の流れの中を
静かに静かに、煌めく月暈の幻夜の夢。
長い夏は、まだ始まったばかりだった。
]]> ....ALIVE http://kikyo119.jugem.jp/?eid=15 2008-02-01T17:26:21+09:00 2008-02-01T08:26:21Z 2008-02-01T08:26:21Z
今日、どれだけ空を見上げただろう。
雲は流れていたか。風は冷たかったか。
鳥は羽ばたいていたか。
毎日の通勤や通学の途中で、
街の様子や季節の変化にどれだけ気付いているだろう。
日常の生活と、テレビで視聴するニュースに、
心身にしみて感じる出... kikyo ALIVE (追想)
今日、どれだけ空を見上げただろう。
雲は流れていたか。風は冷たかったか。
鳥は羽ばたいていたか。
毎日の通勤や通学の途中で、
街の様子や季節の変化にどれだけ気付いているだろう。
日常の生活と、テレビで視聴するニュースに、
心身にしみて感じる出来事はいくつあるだろう。
今日は何か感動しただろうか。
大切な人と言葉を交わしただろうか。
何を想い、何を伝えたか。
このまま歩き続けていかねばならないのなら、
少しは立ち止まって、廻りを見つめなおすことも必要だ。
文章で表現することは難しい。
けれど拙い文章力でも、想いを書きとめ伝えることも
ひとつの自由である。
今はしばらく、心のながれるままに綴っていこう。
深い夜の闇。
天空にはそれでも星が瞬いている。
]]> SHELL http://kikyo119.jugem.jp/?eid=13 2008-02-01T17:13:49+09:00 2008-02-01T08:13:49Z 2008-02-01T08:13:49Z
たとえば
寄せる波の白い飛沫と
残照に揺れ翳る帆影に
たとえば
残された蒼い貝殻と
砂に刻まれた幼き心に
僕は君の濡れた髪に触れ
消えゆく水平線の彼方と
絶えることない風を抱く
手の砂をはらい
振り向く刹那 君は
或の日の涙を 海に返して... kikyo Prism (詩)
たとえば
寄せる波の白い飛沫と
残照に揺れ翳る帆影に
たとえば
残された蒼い貝殻と
砂に刻まれた幼き心に
僕は君の濡れた髪に触れ
消えゆく水平線の彼方と
絶えることない風を抱く
手の砂をはらい
振り向く刹那 君は
或の日の涙を 海に返していた。
帰ろう
もう、
僕らは行かなくちゃいけない。
]]> プリズム http://kikyo119.jugem.jp/?eid=12 2008-02-01T17:12:26+09:00 2008-02-01T08:12:26Z 2008-02-01T08:12:26Z
雪に揺れる夜の下
彼女は、ぽつり呟いた。
月も 星も
街の灯も
何も届かぬこの闇に
雪はどうして輝くの?
吐く息は、白く
彼女は雪に染まりゆく。
天空指して僕は言う。
孤独を知らないこの雪は
舞い落ちる彼らのプリズムで
さえぎる雲を通り抜け
... kikyo Prism (詩)
雪に揺れる夜の下
彼女は、ぽつり呟いた。
月も 星も
街の灯も
何も届かぬこの闇に
雪はどうして輝くの?
吐く息は、白く
彼女は雪に染まりゆく。
天空指して僕は言う。
孤独を知らないこの雪は
舞い落ちる彼らのプリズムで
さえぎる雲を通り抜け
月と 星と
街の灯と
何も届かぬ君の手に
光を集めてくれるのさ。
彼女は笑って、僕に言う。
あなたの心のプリズムは
私にまだまだ届かない……。
]]> 海へ 〜My Foolish Heart〜 -4- http://kikyo119.jugem.jp/?eid=11 2008-02-01T17:09:41+09:00 2008-02-01T08:09:41Z 2008-02-01T08:09:41Z
彼女は海へと帰っていったのか。
それを確かめるために、あの海へ……。
雪はいつまでも降り続いていた。
CDを Bill Evans へと替えた。
……My Foolish Heart
私はいつでも優しくいれただろうか。
今夜は眠らずに帰ろう。
目覚めても、彼女の笑顔はも... kikyo 海へ (短編)
彼女は海へと帰っていったのか。
それを確かめるために、あの海へ……。
雪はいつまでも降り続いていた。
CDを Bill Evans へと替えた。
……My Foolish Heart
私はいつでも優しくいれただろうか。
今夜は眠らずに帰ろう。
目覚めても、彼女の笑顔はもう、あの海にはきっとないはずだから……。
]]> 海へ 〜My Foolish Heart〜 -3- http://kikyo119.jugem.jp/?eid=10 2008-02-01T17:07:24+09:00 2008-02-01T08:10:12Z 2008-02-01T08:07:24Z いきなり顔に水をかけられ飛び起きた。
しょっぱい潮の味がした。
彼女は間抜けな私の顔を見て、しきりに笑った。私は怒ったふりをして、逃げる彼女を追いかけた。しばらく二人してはしゃぎながら波打ち際を歩いた。
風が彼女の髪を優しく撫でた。
ありがとう。
... kikyo 海へ (短編)
しょっぱい潮の味がした。
彼女は間抜けな私の顔を見て、しきりに笑った。私は怒ったふりをして、逃げる彼女を追いかけた。しばらく二人してはしゃぎながら波打ち際を歩いた。
風が彼女の髪を優しく撫でた。
ありがとう。
彼女はポツリそう云った。
私は少し戸惑いながら「来年もまた来よう」と云った。
小さく頷いた彼女のためらい。その時の私には、彼女の瞳の奥に宿る哀しみの色に気付くことはできなかった。
砂浜に二人並んで座り、夜が明けるまで海を見ていた。
揺れる心。
求めていた大切な何か。
確かなことは、彼女に魅せられていく自分の存在。私を見つめる彼女の瞳。
穏やかなその微笑みに秘められていたのは、はかなく脆い硝子の心だった。
……半年後、彼女は私に別れも告げず、突然逝ってしまった。
病んでいた心臓の悪化が原因だった。
あとで知ったことだが、あの海へ行った日、彼女はすでに自分に残された時間が僅かしかないことを知っていたという。
]]> 海へ 〜My Foolish Heart〜 -2- http://kikyo119.jugem.jp/?eid=9 2008-02-01T17:06:27+09:00 2008-02-01T08:06:27Z 2008-02-01T08:06:27Z
彼女と過ごす二度目の冬だった。
その日、二十二歳になったばかりの彼女と、街のレストランでささやかなお祝いをした。食事のあと、夜のドライブへと誘った時、彼女はためらいがちに、
海へ、帰りたい。
彼女はそう言った。
“帰りたい”という言葉の裏には、何が... kikyo 海へ (短編)
彼女と過ごす二度目の冬だった。
その日、二十二歳になったばかりの彼女と、街のレストランでささやかなお祝いをした。食事のあと、夜のドライブへと誘った時、彼女はためらいがちに、
海へ、帰りたい。
彼女はそう言った。
“帰りたい”という言葉の裏には、何があったのだろう。その時の私には、単なる彼女の気まぐれな言葉のひとつとしてしか受けとれなかった。
海へ向かう車の中、彼女はいつもより静かだった。
私は Pat Metheny のCDをセットした。
「Are You Going With Me?」 という夢のうつろいにも似た美しい曲に合わせて、彼女が小さくメロディを口ずさんだ。
限りなく優しい時の流れに落ちていく二人。
彼女以外、何も必要ではなかった。
……やがて、海へ。
彼女は途中で眠ってしまっていた。
起こすのも可哀想だったので、そのまましばらく海と、そして彼女を見ていた。
水平線は遥か彼方。
空には、満天の星。
波のリフレイン。遠く灯台の灯。
時折過ぎゆく風の迷い。
愛しい彼女の寝顔を見ているうちに、
いつしか私も浅い眠りへと落ちていった……。
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