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風の如く

風の如く
心は流され

雨の如く
頬は濡れ

太陽の如く
光は掌に

振り返る路に
別れを告げゆく

少年ユウキの冒険 〜 Unknown World 1〜

すべては闇の中で生まれた。

地中深く、不気味なうなり声とともに鋭い鉤爪を動かし、上へ上へと向かう正体不明の生物。
身体の半ばまでに達する口からは四つの牙、六本の足が別々の生き物のように不規則に動く。全身を硬い体毛に覆われ、皮膚からは熱い蒸気を発している。漆黒の眼孔にはまぶたが無く、まるでそれは視る者を「死」へといざなう死神のようだった。
この生物が地上へと這い上がるまでに要した日数は、あとに千年とも二千年ともいわれた。或る予言者は、イエス・キリストの没した日に地中にて誕生したと主張し、最期の審判が近いと告げて大衆の恐怖をあおった。

その巨大な体が、辺境の或る村に姿を現してのち、わずか七日で二つの国家が滅んだ。
人間のみならずあらゆる生物は一瞬で消え失せ、地上は廃墟と化した。だが、一体どのようにして、その未知の生物が壊滅させていったのかは、謎のままであった。つまり現場を目撃した者は、一人残らず死ぬ運命にあったからだ。噂はすぐに世界をめぐり、尾ひれのついた伝聞が不安と恐怖をさらに倍化させた。


「……あの悪魔がついに隣の国に現れたらしいぞ!」
青ざめた顔を引きつらせて初老の男が叫んだ。
呼びかけられた青年は手元に神経を集中したまま、「それで?」と静かに答えた。
興奮のおさまらない初老の男が声を張り上げた。
「それで、ってお前は知らないのか、あの死神を。もうすでに国を二つも破壊しつくしたんだぞ!」
鉢の中に入れた薬草を捏ねる作業を続けながら、青年は言った。「それで?」
「おい、よく聞けよ、キキョウ。もうすぐそこまで奴は進んできているんだ。早くここから逃げないと殺られてしまう。今すぐ身支度をするんだ。そんな薬などもう何の役にも立たないんだよ」
「まぁ待てよ、オッサン。そんなに熱くなっちゃ持病にさわるぜ。オレは今忙しいんだ。早くこの薬を届けてあげないと……」
「だがキキョウ、村中の人間が必死で逃げ出そうとしているんだぞ。あの悪魔ににらまれる前にな」
青年はようやく頭をあげて、叔父のアレイを視た。そして首をかしげて言った。
「アレイ、悪魔とは言うけど、誰もその姿を視たことはないんだろう。本当にそいつが存在するかどうかはわからないじゃないか」
「それは……つまり奴を視た人間はすべて死んでいるからさ。それほど恐ろしい奴なんだ」
「そうかい。じゃ、オレがこの眼で視てやるよ。まだまだ多くの人を助けなきゃいけないし、まだまだ死ぬつもりもない。悪魔だか死神だか知らないが、罪も無い人々を殺す奴を放っておくわけにはいかないからな」肩をすくめ、キキョウは少し微笑んだ。
アレイは呆然とキキョウを視つめていたが、頑固な甥の気質を誰よりも知っているだけに、あきらめ口調でこう言った。
「わかったよ、キキョウ。だが、もうこの噂は村中はもちろん、この村を管轄するガイ帝国にまで伝わっている。すでに非道のカザフが数万人の軍隊を国境に配備して悪魔を待ち受けているらしい。あいつら自慢の大砲がどれだけ役に立つかはわからないが、なにもしないよりはマシというところだ」
青年の眼の色が変わった。「カザフか……」キキョウは鉢を置き、立ち上がった。
「あの男こそ、悪魔と呼ぶにふさわしいよ。あいつのためにどれだけの尊い命が奪われたことか」
彼はゆっくりと続けた。「オレは絶対に奴を許さない。オレのこの手でいつか仇を討ってやる。いや、今がいい機会なのかもしれないな」
「何を血迷ったことを。そんなフザケタまねをしている暇はないんだぞ、キキョウ。お前の使命はより多くの人々を守ることだろう」アレイは青年の両肩をゆさぶった。
だが、キキョウの両目は暗く、冷たく、燃えていた。
「ああ、わかったよ、アレイ。オレにはオレの役目がある。ちゃんと心得ているから、安心してくれ」
「……それならいいんだが。いいか、決してカザフに手を出すな。返り討ちにあって死ぬお前を視たくなどない」初老の男の声は震えていた。
「わかっているよ、オッサン。オレはわかっている……」

その時、遠くで鈍い地鳴りがした。

「……どうやら、はじまったらしいぜ、オッサン」
青年は暗い瞳を光らせた。「待ちに待った“未知の世界”がな」



眼下に拡がるのは、隣国との境にあるカザフ湖。
もとはヴァンテル湖という古くからこの地を統治してきたヴァンテル家の名が付けられていたが、五年前に同家の軍事部門の統帥であったカザフが反乱を起こし、一夜にしてヴァンテル家を滅ぼした。すぐにカザフはガイ帝国と名乗って恐怖政治をしき、敵対する国家はもちろん、己に刃向かう国民を容赦なく排除した。まもなく街や村は互いを監視するこが生き残る唯一のすべとなる密告社会へと成り果てた。
美しい湖の名が独裁者の名に変わるのも時間の問題だったというわけだ。

今、キキョウはそこにいた。

千切れたノート




新しいノートを何気なく手に取った。


パラパラとページをめくり
さて何を書こうかと思案していた時、
私はあることに気づいた。

ちょうどノートの中ほどに
一枚分が破かれた跡を見つけた。


勢いよく引き千切った様子を物語る
ギザギザのまま残った切れはし。

いつ購入したのか、記憶は定かではなかった。
あるいは、誰かに貰ったのか……。

日記など記したことの無い自分にとって
記憶とは、破り取られたページのごとく
失われていくもののひとつだった。


椅子にもたれ、しばらく眼を閉じた。

朝から降り続いていた雨は、
いつのまにか雪へと変わり、
遠くサイレンの音だけが響いていた。


私は手許にあった青いペンを取り、
最初のページに Liberty とだけ書いた。
次の言葉は思い浮かばなかった。

その一言のみが、
この真新しくも不完全なノートに相応しいと
ひとり満足した。



傍で眠っている子どもの寝顔を見つめた。
握り締めた小さな手。
枕元には、丸まった紙くず。

それを拾い上げ、机の上で開いた。
千切れたノートのページには、何も書かれていなかった。

ただし……
菓子で汚した小さな指の跡以外は。


私は、幼い子の成長の標として
最初のページの後に、それを挟み込んだ。
青いインクがチョコレートの痕跡へと滲んでいく。


……或る冬の夜は
そうして過ぎていった。


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